この映画は夫のお気に入り映画で、その影響でつまみ食い的に見たことがあったんだけど、先日見たVIVANTで堺雅人さんの演技に圧倒され、ちゃんと見てみたくなって視聴した次第。やはりすごく面白かった。この頃の堺雅人さんはちゃんとイケメン(その後、なりふり構わぬキャラになっていくのでしょう)。
世界に通用する日本映画が増えてきている中、この映画は日本人にはわかるけど海外の人にはよく理解できない排他的な映画って気がする。でも、日本人なら空気でスルっとわかる。
内容はタイトル通り、南極に行くことになった料理人のお話。料理人とはいえ、主人公の西村は海上保安庁の隊員であって、純粋な意味での料理人ではない。(ちなみに、小堺一機さんのお父様は寿司職人で南極に行ったことがあるはず。そういう、本当の調理師さんではない設定だが、もしかすると原作とは違うかもしれない)。
南極には1年以上の滞在で、気象庁の人とかエンジニアさんとか、プラス、通信担当とドクターの寄せ集め、8人。
この南極行きのために3年の準備してきた人もいればなんとなーく来た人もいるし、西村はというと、先輩が行く予定だったのに直前に怪我しちゃって代打(ちなみに先輩は子供の頃から南極に行くのが夢だったのに)。
また、家族の猛反対を押し切って来た人、遠距離の彼女が心配で仕方ない人、はたまた何年ここに居ても構わないという猛者もいる。
そんな面々が織りなす南極での日常を、日々の食事という切り口でゆる~く描いた映画です。
で、ここからはネタバレありのレビューを書きます。この映画は、日本人に分かり易いと書いたけど、ラストシーンだけは「ん?何だろう」という感じで、ググったらやはりそこの解釈に引っかかっている人が多くいらっしゃる模様。
私なりに2日ぐらい考えた解釈を書きます。
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ラストシーンは、南極から無事家族の元へ戻ってしばらく経ち、日常生活を取り戻して、むしろ「自分は本当に南極なんかに行ったのだろうか」みたいな感じで燃え尽き症候群になっている西村が、ある日、家族で動物園に行く。そこで脂がベタベタの照り焼きバーガーを一口食べるなり「ウマっ!」というセリフを言って終わる。
これが、何の意味があるのだろうかと話題になっているのですよね。
冒頭から映画を振り返ってみると、西村は食に関しては「ちょい意識高い系」で、妻が揚げた唐揚げに対し「べちゃっとするー。胃にもたれるよ」というシーンがある(ちなみに妻は妻で意に介さず、「胃袋を鍛えろ」ぐらいの無茶ぶりで返す)。
また、南極では西村が盛り付けにこだわるシーンがあった後に、鰤の照り焼きにじゃばじゃばと醤油をかける隊員のシーンがあって、堺雅人さんは何も言わないが、思っていることはわかる。画面手前ではマヨネーズを誰かが使っているようだ(この日のメニューは天ぷらと刺身と鰤だったはず)。
さて、日々は過ぎ、南極での集団生活のストレスがマックスになったころ、とある事件で西村の「堤防」が決壊し、泣くシーンがある。胃にもたれる唐揚げを食べて泣くのである。べちゃっとした唐揚げがホームシックの引き金を引いてしまったのである(説明はないけどここはわかりやすい)。
ちなみに、むさくるしい男どもは西村が何を作っても「美味しい」とは言わない。ただ黙々と食べるのみである。西村も別に「美味しい」という言葉など期待していない。ところが、「とある事件」のせいで西村が調理をボイコットした日、仲間たちは仕方なく自分たちで何とか食べものを作ろうとする。調理場を覗いた西村に「西村くん、お腹すいたよ」と恨みがましく言う。これは「西村くん、君がいないと困る、君が必要なんだ」と言っているのと同義で、「美味しい」と言われるより効く。
まぁそんなこんなが伏線となっての、最後のシーンである。南極での極限の生活を終えた西村は、日常生活とはべちゃっとした唐揚げを家族で食べることであると学んだことだろう。「ちょい意識高い系」からの卒業は明らかに成長であろう。べちゃっとして外の包みにまで脂が染みた照り焼きバーガーを一口食べるなり「ウマっ!」と言う。それがこの映画の締めだ。南極で食べた「べちゃっとした唐揚げ」は日本の家族を思い出しただろうし、ラストの動物園のべちゃっとした照り焼きバーガーは南極での仲間との食事を思い出したのではないだろうか。
長くなりましたがそれが私の感想です。
ちなみにこの映画のハイライトは間違いなく、隊長が「ラーメンがないと夜眠れない」と西村の部屋をノックし、泣くシーンだ。夜中に突然起こされ、目が開ききらない顔で隊長の顔を見る堺雅人の表情が秀逸である。
大の男がつまらないことで泣く度に観客は大笑いする。しかしそれは過酷な南極での越冬が辛いと泣くわけにいかない男たちの代償行為なのだ。